ORICOLOG

銘仙が好き過ぎて、秩父銘仙後継者育成講座生になりました!

【参加レポ📄】企画展「和モダン-銘仙着物の華やぎ-」講演会『近代女性の装い 着物の種類とその使い分け』

先日、共立女子大学博物館で開催中の銘仙展(「和モダン—銘仙着物の華やぎ—」)の関講演会に参加しました❗

当日はあいにくの雨(霧雨で大変でした…!)で、私は銘仙を着るのを泣く泣く断念したのですが、会場は銘仙含め着物姿の方々もちらほら。

素敵な着物男性もいらっしゃり、静かな熱気にあふれていました。

さて、今回拝聴したのは、古川咲先生による「近代女性の装い 着物の種類とその使い分け」という講演会です。 

江戸時代の「小袖」からスタートし、現代の「訪問着」や、銘仙展の主役である「銘仙」がどのように発展していったのか…

とても興味深く、あっという間の1時間半でした!


1. はじめに➡江戸時代の着物分類「礼・晴・略・ケ」

講演は、まず近代の着物のベースとなった江戸時代の服飾文化(主に町人女性)のお話から始まりました。 

出典は、喜多川守貞の『守貞漫稿』※後述。

当時、服飾は以下の4種類に分類されていたそうです。

  • 礼(れい): 婚礼など、儀式的なもの

  • 晴(はれ): 公の外出、よそゆき

  • 略(りゃく): 私的な外出、ちょっとそこまで

  • ケ(け): 日常。自宅の敷地内での着用

「礼晴(儀式があるか否か)」と「略ケ」という2つの大きな括りでも考えられるそうです。

現代でも「ハレとケ」という言葉は使いますよね。


2. 近世の女性の小袖の種類➡『守貞漫稿』に見る具体的な装い

守貞は、京都・大阪・江戸の3都市に共通する小袖(着物)の具体例をまとめています。 

※これらは身分や経済力によって千差万別であることが大前提です

小袖って何ぞや、という場合は、分かりやすい上に可愛いこちらのイラストブックが最推しです!

小袖雛形ファッションブック

  • 【礼】

    • 紋: 五ツ紋付

    • 素材: 縮緬 > 竜紋(綾織)。中流階級以下は紬も。

    • 色: 黒が一般的(実際は他の色も使用されたらしい)

    • 模様: 年配になるほど柄が細かく、または無地に。紬は模様なしが主。若い女性は裾模様。

  • 【晴】

    • 模様: 紋付小紋(礼でもOK)、それに次いで縞柄。

    • 素材: 絹が基本(生地に際限なし)。

    • 色: 縞は何でもあり。

  • 【略】

    • 素材: 上記のほか、絹×木綿、玉紬(たまつむぎ)など。

    • 特徴: 玉紬は「銘仙」の前身! 当時、男女ともに大人気で「ケ」に近い感覚で広く着用された。江戸時代は縞模様が主流。のちに銘仙に取って代わられます。

  • 【ケ】

    • 素材: 木綿の縞、または着古した「略」の小袖。


3. 近代の女性の着物の種類➡「晴」の発展と「訪問服」の誕生(明治〜昭和)

近代に入ると、「礼」の装いが定式化(ルール化)していきます。 

その結果、流行の中心は「晴」の装い、すなわち「訪問服」(今の「訪問着」につながるもの)へと移っていきました。

この「訪問服」の発展は目覚ましく、先生は6期に分けて説明してくださいました。

  • 1期(明治初期): 小袖(紋付小紋に裾模様、織りの紋御召など)を受け継いだ形。

  • 2期(明治30〜40年頃): 無地や縞のお召がメイン。裾に織りや刺繍の模様。縫い紋(紋なしもあり)。

    • (メモ:この頃、礼服を指す「もようもの」という言葉があったくらい、「裾模様・縮緬」が礼の条件だった)

  • 3期(大正前期): 刺繍と染めを併用。新たに「染め紋」も登場!

    • ※実際はこの3期あたりから、「礼服寄り」と「日常寄り」に分かれ始めたそうです。

  • 4期(大正中期): 模様が裾だけでなく、胸・肩・袖にも登場!

  • 5期(大正末〜昭和初期):

    • 「プロムナード(散歩服)」と呼ばれる訪問服が登場。

    • 「礼服寄りの訪問服」と「付け下げ(日常寄りの訪問服)」に分岐

    • 裾から上へ、段々色が薄くなったり、模様が増えたり大きくなったりするデザインが流行。

  • 6期(昭和初期〜戦前):

    • 振袖の訪問服が登場。

    • 日常寄りの「小紋がわり縮緬訪問服」や、小紋の着尺地に刺繍などで絵羽風にしたもの、写生風の柄などが登場。


4. 近代における女性のきものの種類➡「略」の主役・「銘仙」の大躍進

そして、今回の展示の主役「銘仙」です! 

銘仙は「略」のカテゴリで大発展を遂げます。

  • 明治時代:

    • 既に存在しており、中流階級以上の常着(普段着)だった。

    • もっぱら縞柄が主流。

  • 大正時代:

    • 階級(上・中・下)を問わず、需要が爆発的に増加

    • 「外出着にも着られるようにしよう!」と、染色・技巧面で改良が始まる。

  • 昭和時代:

    • 実用性から「デザイン本位」へシフト。

    • 油絵式、パステル調など、いわゆる「モガ(モダンガール)」好みの斬新なデザインが登場。

    • 銘仙の着用範囲は、上は「お召」の領域、下は「木綿」の領域まで広がり、非常に多くの場面で愛用されるようになった。


【まとめ】

講演の最後に、古川先生はこう締めくくられました。

近世(江戸時代)は、身分や立場によって着る物が決まっていたが、近代(明治以降)は、場面(TPO)に応じて着物を選択するようになり、多様な展開となった。

「礼・晴・略・ケ」という分類が、近代のTPO意識の中で「訪問服」の多様化や「銘仙」のデザインの進化につながっていった流れがよく分かりました!

一番の収穫は、私は銘仙だけでなくアンティーク着物も大好きなのですが、自信を持ってかなり細かい時代の特定ができる様になったことです。


後日談ー守貞漫稿を求めてー

さて、後日私は出典に多く登場した『守貞漫稿』の文庫本を買うべく、丸善へ向かったのですが…

なんと!

日本橋の丸善ジュンク堂のみならず全・丸善ジュンク堂に置いていない事が分かりました。

そもそも、裕福な砂糖問屋の商人だった喜多川守貞さんが江戸と京阪間を行き来する生活の中で文化の違いに驚き、それを仔細に記した百科事典が『守貞漫稿』なのです。

服飾だけではありません…内容は「文化」全てと言って良いでしょう。

約30年も書き続け、35巻もあります📚

裕福な商家、興味を突き詰めることが出来る潤沢な資金、自分の研究をし続けられるひたむきな情熱…伊能忠敬や「らんまん」モデルの牧野富太郎にも通じるところがあるなと思いました。

その文庫本がこちらなのですが

近世風俗志 (守貞謾稿): 守貞謾稿 (岩波文庫 黄 267-4)

文庫でも全5巻のため、どの巻に服飾の事が書かれているのか不明…アマゾンの説明詳細も不十分だし。

地元図書館にも置いてないし!困っています。

国会図書館のデジタルコレクションでもこの通り閲覧できるのですが、

盛貞さんは、めちゃくちゃ画力高い…が、なんて書いてあるかサッパリ

私は崩し字が読めない上、紙の様にパラパラとページをめくれないのでつらいものがあります。

もう5巻全部買っちゃおうかな。

ブログ村に登録しました‼
クリックして頂けると励みになります🙏

にほんブログ村 美術ブログ 織物・染織へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村