ORICOLOG

銘仙が好き過ぎて、秩父銘仙後継者育成講座生になりました!

『昭和百年メイセン・クロニクル展 ー 第2期 “恐慌から戦争へ”①』*ちちぶ銘仙館

「昭和百年メイセン・クロニクル展」第2期が始まっていました!

テーマは“恐慌から戦争へ”。

ギャラリー室近くの廊下に展示されている中で、ひときわ華やかな銘仙。

まさに伊勢崎!という感じです。

さっそく中へ入ってみます。

ここでいったん、くるっと体を斜め左方向に向けると…

ちょうど、昭和恐慌(昭和2年~)ごろのセーミお召が展示されています。

セーミ加工は、平織の銘仙をローラーを通すなどして縮緬のようにシボをつけたもの。(引用:伊勢崎めいせん屋ウェブサイトより)

キャプションをまとめると

  • 開発者:足利の下丸宗三氏
  • 協力者:伊勢崎の石原英治郎氏
  • 技 法:平織の生地をベースに、お召縮緬(おめしちりめん)のような「シボ」(生地表面の凹凸)を出す技術

「セーミ」という名称は、もしかすると「セミ(Semi- / 準ずる、あるいは擬似)」といった意味合いから来ているのかもしれません。

本来、お召は高価な強撚糸(強くねじった糸)を使って織ることでシボを出しますが、より安くお召のような高級感を楽しめるセーミ加工を施してあるお召銘仙が大人気となった事は、経済的に厳しい時代でも、なんとか工夫しておしゃれを楽しみたいという当時の人々の知恵と技術を感じます。
コーディネートを見ていきます。

別角度から。

桜のガーリー銘仙は、宝尽くしの肉厚な刺繍がたっぷりの帯でした。

後ろ姿も⬇

こちらは、凝った矢羽根+お花に、めちゃくちゃ可愛い帯!⬇

後ろ姿⬇

一見、ちょっと毒っぽい色合いだけど、黒地にピンクで描いたような方がポヤンとしているので、妖艶より可愛いって感じの椿の銘仙⬇

すごく好きな感じの、薔薇。

金魚×水紋、妖しく繊細な印象。

ザクロ。

昭和12年 松坂屋デパートオリジナル銘仙の宣伝チラシ

⬆ 一反「7円80銭」均一!とチラシにあります。

昭和12年の7円80銭は..、Geminiによると

  • モノの値段(消費者物価指数)で換算すると

    • 約 16,000円 ~ 20,000円→現在の約2,000倍~2,500倍程度(※戦前と戦後では統計の取り方が大きく異なるため、あくまで概算)

  • 当時の給与(初任給)を基準に換算すると

    • 約 25,000円 ~ 40,000円

      <昭和12年頃の月給の目安>

      • 銀行員の初任給(大卒・エリート): 約70円

      • 小学校教員の初任給: 約40円~50円

      7円80銭(7.8円)という金額は...

      • 大卒エリート銀行員にとっては、月給の約11%(1割強)

      • 小学校教員にとっては、月給の約16%~20%(2割弱)

    • もし現在の手取り月給が25万円なら、その16%は 40,000円

    • もし現在の手取り月給が18万円なら、その16%は 28,800円

とのこと。

「月給の1~2割近くを占める、少し高価だけれど手が届かないわけではない、デパートで買うおしゃれ着(ワンピースやスーツ)」

のような感覚だったのかな。

現代の私たちがデパートでお気に入りのブランドの新作ワンピースを見つけて買う時のワクワク感や高揚感に似ていたのかもしれないと思いました。

昭和14年 阪急百貨店の広告「秩父ポーラ銘仙」

⬆ 残念ながらモノクロですが、この大胆な柄ゆき、きっと鮮やかだったと思います。

「奢侈品等製造販売制限規則(いわゆる、ぜいたく禁止令)」が出たのは昭和15年の7月なので、この頃は戦時中と言えど、まだ新作の座やかな銘仙を発表する余地が残っていたことが分かります。

この広告は、人々がおしゃれをぎりぎり楽しむことのできた、最後の時代の記録なのかなと思いました。

こういった、当時のチラシやはがき、雑誌類を眺めることでも、色々な気付きがあります。

登場しているモデルさんが若いせいもあるかもしれませんが、随分と胸高に帯締めてるなとか、やっぱりゆったりした着付けだな、とか。

 

応接室の展示も、また記事を分けて書きたいと思います📝

ブログ村に登録しました‼
クリックして頂けると励みになります🙏

にほんブログ村 美術ブログ 織物・染織へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ファッションブログ 着物・和装へ
にほんブログ村