最近、織りを進める度に脳裏に浮かぶ言葉があります。
それは『春日似牛歩』『歩歩是道場』という禅語です。
何度も切れた糸を結び、緩む原因を調べ(←解決しない方が多い) 、絡まる糸をひたすらほぐしている。
肝心の織っている時間よ り修正時間の方が長い…気がする。
製品を作っているわけではないから、焦る必要は全くないのに、や
そんな時、思い出すのです。
勝手に今の自分に重ね合わせると、
「目的地(=製品の完成)に着くことだけが重要なのではなく、今歩いているその一歩(=作業)そのものが修行の場である」 「確かに歩みは遅く、洗練もされておらず、まるで牛の様である。しかし『停滞』ではない。 たとえ遅くとも、着実に進んでいくことで豊かな春の日差しのような味わいとなる(かもしれない)。」
という解釈が出来る…かもしれません。
要は禅語をこのように無理やり自分の状況と重ね合わせる程、割とメンタルをやられているのですが、 たとえ牛歩であって粛々と進めていくしかありません。
今は正直、もがいています。
でも、この泥沼のような感じも、銘仙にまた一歩、一歩と近づいて いると考えると、贅沢な悩みなのかもしれません。
いつか笑顔で振り返ることが出来たら、良いなと思います。
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